back number, No.18

2016-05-03
百花騒鳴

百花騒鳴

17、移ろふものは

「色見えで 移ろふものは 世の中の 人の心の 花にぞありける」
花の色は褪せていく様子が分かるけれど、人の心は、気づかぬうちに失われてしまうものだわ…なんて、切ない恋歌を詠んだ小野小町。分かるわ、とってもよく分かる、けれど心が移ろうのは、何も人間だけじゃない。
 家には大きな雄犬がいる。体重も身長も、家族の誰よりもビッグサイズ。それゆえ擬人化しやすいのか、彼の心が読み取りやすいというか、なんとなく理解できるのである。幼いころは、無垢な甘えん坊で、私の事が大好きといった感じだった。
かわいかった。無条件に好いてもらえる幸せを実感していた。それが1歳半を過ぎ、彼が青年になると、様子が変わっていったのだ。

ある日のこと、私が帰宅すると「おかえり~。背中なでなでして~」といつもように甘えてきた。彼と私はスイートな時間を堪能した。そこへ、ティーンズの娘が帰宅したのである。すると、それまでのテンションとは比べモノにならないほどのはしゃぎっぷりで、「おかえり! おかえり! おかえり、ハニー」と娘に駆け寄っていったのだ。

忘れさられた私は、後方で彼らのやり取りを見守った。
本当に、彼は私の事を忘れていたのであろう。

娘との楽しいふれあいが一段落した彼は、「ふう」と息を抜き、何とはなしに私が立っている方を向いた。そして、私を見つけると「はっ!」と肩をビクつかせたのである。
彼の心は、花の移いよりも、分かりやすかった。

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