back number, No.66

2024-05-30
百花騒鳴

放物線

hyakkameisou

 

山間部で仕事をしている時のこと、同行者から

「あー、すみません。タッションしていいですか?」

と問われた。今日日あまり聞かなくなった、その響きに懐かしさを覚え、幼い頃の記憶が呼び戻された。昔はよく、おじさんたちが田畑や川縁で雄々しい立ち姿を披露していた。うちの家族も例外ではなかった。趣味の菜園を手入れする祖父が畑でシャー、河川敷のグラウンドでソフトボールをやっている父や叔父たちがシャー、決して珍しい光景ではなかった。むしろ、私はその姿に憧れていた。どうにかして女児である私にも、あの妙技が習得できないものかと幾度となく庭で挑戦をした。下着やズボンどころか、シューズの中に小水を満たしてしまうことも。その度に、母にこっぴどく叱られたが、なかなか諦めることができなかった。祖父はそんな私を哀れに思ったのか

「大丈夫だ。世の中には、キレイに飛ばすことのできるご婦人もいるらしい」

と私に吹き込んだ。そんな阿呆な祖父と孫のやりとりを見て、今度は祖母が、「あんたたち、いい加減にしなさいよ」と声を荒げるのであった。いくら挑んでも、キレイな放物線を描くことのできない私は、試みを変えてみることとした。「あの放物線をくぐってみよう!」と考えたのである。私の目論見を知らない無防備な父たちがスタンバイを始めると、私は狙いを定める。放水のタイミングで、腰をかがめて走り抜けてみたり、背後から回り込んでみたり……アトラクション気分で楽しむ。放水中の相手は酷く驚くが止められない。ふいに動きを変えてしまえば、娘の頭を濡らしかねない。「やめなさい!やめない!」と必死に言い聞かせようとするが、親が困惑している時ほど、子どものテンションは上がってしまう。水の勢いが収まるまで、ひたすらに阿呆な行動を繰り返すのだった。

そんな昔のことを思い出した私だったが、今や、かなりいい歳である。ご時勢もあり、何しろタッションは、軽犯罪法違反である。

「トイレまで、我慢しましょう」と同行者を制止した。

 

今号も最後までお読みいただき、ありがとうございます。次回は、浜木綿の花が潮風に揺れる頃にお会いしましょう。

Posted in back number, No.66 | Comments Closed