back number, No.50

2021-09-26
百花騒鳴

hyakkameisou

本物

「おがさわら」の寿司はうまい。初めて食べたのは、持ち帰り用に握ってもらった寿司だった。折りに美しく並ぶ様子に、食べる前からうまいだろうなと予感させた。確かにうまかった!味をしめた私は、数日後には家族を連れて来店していた。ただし、平民の当家がいつも利用するのは、どこにでもあるチェーン店。カウンターで座り、本物の寿司を待つなんて機会は滅多にやってこない。そこで素人一家は、お任せのコースを選んだ。テンションMAXで一巻ずつやってくる寿司を見ては唾をのみ、恭しく手を伸ばす。「美味しい~!」家族揃って、感動で泣きだしそうだ。すっきりとしながらもコクのある赤酢の酸味をまとった酢飯は、リズミカルに口の中で解けていく。ネタの旨みを上手に引き出してくれる。寿司のみならず、料理にも隙がない。はじめこそ緊張ぎみに味わっていたものの、親方の気さくな対応に気が緩む。いつしか、いつものチェーン店であるかのように、各々が追加注文をはじめた。よく食う。遠慮なく食う。「ほんとに美味しいね」とあまりにも満足そうに娘が微笑むから、それ以上頼むな!……とは言えない。彼女は、家では見たことのない食欲を発揮した後に膨れた腹で鼓を打ち、こう言った。「いや~、本物の寿司を初めて食べましたよ。これから、我が家の寿司屋と言ったら、おがさわらですな」親の懐、子知らずである。

 

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございます。

気持ちが疲れてしまうような今、この一冊が皆さまの安らぎになりましたら幸いです。

次回は、木の葉が色づく11月にお会い致しましょう。

 

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