back number, No.67
2024-07-19
百花騒鳴
66.氷菓
梅雨明け前から猛暑が始まった。エアコンで室内をどんなに冷やしても、更年期の症状と贅沢に蓄えた皮下脂肪のせいもあって、火照りは治まる気配がない。そんな時には、氷菓が欲しい。甘くひんやりとしたかき氷が喉をツーっと下っていき、身体を冷やしてくれる。酷暑には欠かせない相棒だ。今よりも平均気温が低かった40年前の夏も、子どもたちにとってアイスは欠かせないおやつだった。当時、自宅から車で数分走ったところに、「すぐに溶けるソフトクリーム」と地元で評判の店があった。その店の前を通りかかると、「ソフトクリーム食べたい」と両親にせがむのだが、「いやだよ。ここのソフトは水っぽくて、ぽたぽた落ちちゃうでしょ」と言われ買ってもらうことができない。だが、祖父母とのドライブの時は違った。「ソフト、食べるか?」と祖父の方から提案してくれる。毎度、その提案をありがたく受け取る。上手に汚さずに食べようと思うのだが、そこは評判高いゆるゆるソフト。みるみるうちに溶け流れ、祖母のハンカチの助けを借りることとなる。ある時、「今日こそは策を講じてみよう」と考えた。お目当てのソフトクリームを買ってもらうと、急いで車の後部座席に乗りこむ。窓のハンドルをくるくると回すと、全開にした窓の外に、ソフトクリームを持つ腕と顔を出した。これで、車内を汚すことなく、キレイに食べられると考えた。浅はかだった。車が走り出すと勢いよく風が襲ってくる。いつもの倍以上の速さでソフトクリームは溶けていく。コーンをつたい、手を濡らし、腕のほうまでクリームに覆われる。それを阻止しようと必死にくらいつくから、口の周りだけでなく、頬や鼻に顎……終いには額までもクリームを塗りつけることになった。どうしようもなくなってから、車内に振り向き「ばあば……」と助けを求める。白いドーランでも塗ったかのような孫を、切なげな表情で見つめて「こりゃダメだ。家まで我慢しなさい」と匙を投げた。
今号も最後までお読みいただき、ありがとうございました。次回は、紫苑の花が揺れる頃にお会いいたしましょう。