back number, No.32

2018-09-08
百花騒鳴

百花騒鳴

31 熱風

今年の夏は、とにかく暑かった。冷房なくしては、命の危険が囁かれるほど。
私が幼かった30年ほど前は、違っていた。一般家庭にエアコンというものがあれど、毎日使うという存在ではなかった。とてつもなく暑い日か、来客時に電源が入る程度。我が家に至っては、エアコンが作動するとブレーカーが落ちるめ、滅多に気の利いた冷風を浴びることはなかった。しかし、ある日の晩は、違った。昼間からうだるような暑さで、夜になっても気温が下がらない。もう直ぐ、家庭教師のお姉さんがやってくるという時、母が珍しく「あんたの部屋、クーラー付けな」と言ったのである。いつもは窓を全開にし、暑気を逃していたため、嬉しかった。やってきたお姉さんにも、誇らしげに「今日はクーラー付いてるよ」と告げた。窓を閉め、エアコンから吹く風を体で味わった。しばらく勉強に集中していると、なぜだか額からじんわりと汗が滲んでくる。昼間の猛暑のせいか、エアコンという神器への過剰な期待のせいか…実際は、あまり涼しいと感じない。むしろ籠った暑さが肌にまつわりつく。徐々に集中力が欠けていく。授業の中盤を過ぎたころ、母がドアをノックした。おやつタイムである。「どうぞ」と返すと、ドアが開いた。
さ~っと、清らかな風が母の背後からやってきた。「涼しい~」とドアからの風に喜ぶ私とお姉さん。その様子と部屋の熱気に、母が驚く。
「あれ、クーラー付いているよね」
そう。エアコンは作動している。大きな音を立て、これ見よがしに強風を送ってよこす。けれど、その風は冷風では無かった。つまり、密室で壊れたエアコンから吹く生暖かい風を受け続けていたのだ。冷房というものをよく知らなかった故の悲劇である。部屋の温度は、かなり上がっていたに違いない。リビングを介して届く外気を、かなり涼しいと感じたくらいだから。

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次回は、早くも今年最後の年末号となります。それでは初霜の降りるころにお目にかかりましょう。

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