back number, No.43

2020-07-24
百花騒鳴

百花騒鳴

42.西瓜

スイカの美味しい季節がやってきた。喉を潤し、火照った体を冷やしてくれる、夏の風景にぴったりの食べ物だ。だが、私にとっては複雑な思い出を想起させる。幼い頃、腎臓を患い、入院したことがある。手術もできない、コレという治療薬がないという病。家族とっては一大事である。何とか私を助けたい祖父母、両親は、あらゆる民間療法を試すことにした。煮込んだスイカの汁には利尿作用があると聞いた祖母は、冬にもかかわらず、どこからか大量のスイカを手に入れ、スカイ糖をこしらえた。またハゼの煮汁が腎臓を健やかにすると聞き、遠方から焼き干しのハゼを取り寄せ、ハゼ汁をこしらえた。両者とも形容しがたい茶色の飲み物に仕上がる。一方は青臭さの残る甘いシロップ、一方は強烈な磯の香りが鼻に抜ける煮汁。そして、祖父は、むくみに効くという妙な湿布剤を手に入れてきた。おそらく主原料は、刻んだキュウリ。それを、へそ周辺と足の裏に塗り、ラップで覆うのだ。この3種の怪しげなオリジナル処方箋は、入院中の私に毎日届けられた。子どもながらに、これらを口にすることに、病院関係者へ後ろめたさを感じていた。だから、飲むときはこっそりと病室のカーテンを閉めていた。ある時そこに、担当医がやってきた。「おはよう。診察するよ~」と、勢いよくカーテンを開けた。医師の目には、ベッドに座り、得体の知れない液体を、苦しそうな表情で飲む少女が映った事だろう。「何をしているの?!」と驚愕する担当医。見られた事に困惑し、ハゼ汁を一気飲みしたことで、むせる私。そばにいた看護師も巻き込み、病室は大混乱。事情を説明し、腹の湿布も見せることになった。すると毎日貼り続けていた腹は、かぶれを起こしていた。「科学的根拠のない民間療法はダメだよ~」とお叱りを受けた。ただ、不思議なことに、寛解することが少ないといわれる病気だが、私はそれ以来、再発をしたことがない。毎年、スイカを口にするたび、あの日々と家族の愛を思い出す。

 

今号も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

お身体健やかに、暑い季節を過ごされますようにお祈り申し上げます。

次回は、鈴虫の声が聞こえる初秋にお会い致しましょう。

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